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公開日:2019.10.24  最終更新日:2020.03.14

答申を読むー5

時代の変化に対応した新しいデザイン政策のあり方

 Japan as No.1 と謳歌した時代は過ぎ去り、出口のない閉塞感が人々の心に重くのしかかり始めます。時代の転換を誰しもが受けとめざるを得ないと感じ始めた 1993 年(平成 5 年)、「輸出検査及びデザイン奨励審議会」は、「時代の変化に対応した新しいデザイン政策のあり方」と題する答申をおこないました。
 「答申以後 5 年を経過した現在、消費者の意識、企業活動、地域社会、国際経済関係等さまざまな分野において、デザインを取り巻く諸環境には、『 パラダイムシフト』ともいうべき枠組みの変動、価値観の移行等の大きな変化が一層進展している。こうした環境変化へ対応し、 諸課題を克服していく手段として、 知的創造活動であるデザインの重要性は一層増しているものと考えられる。21 世紀を間近にひかえ、新しい時代にふさわしい新たなデザイン政策のあり方を明らかにすることが求められている」。
 この答申は、「生活者」そして「受給ギャップ」といった言葉を使いながら、デザインに次世代への準備を促していきます。
 それでは、93 年答申を読んでいきましょう。

1 答申の概要

 デザイン奨励審議会は、これまでほぼ 10 年ごとに答申を続けて来ました。そのインターバルからみれば、新しい答申には少々早すぎます。この背景には、「輸出商品デザイン法」を担ってきた財団法人日本機械デザインセンターが役割を終了するに従い、同団体が行なってきた振興活動を如何に継承させるかという要する課題がありました。そうした事情を踏まえての審議会開催でしたが、この答申はむしろそのタイミングを捉え、「1990 年代のデザイン政策」を発展的に捉え直したものと考えてよいと思います。
 全体の構成をみると、「デザインを取り巻く新たな環境変化」を把握し、「 未来を開くデザイン」の役割を指摘、それを支える「デザイン振興の課題を今後の方向」を、生活、産業、地域、国際の視点から総合的に述べていきます。そして「時代の変化に対応した新しいデザイン政策」について、次世代を担うデザイン人材の育成とデザインを通じた国際交流に焦点を絞り提言していきます。これまでの答申は多方面への目配りを求めらえれるため、ややもすると総花的になりがちですが、93 年答申は論旨が明快でその記述も率直です。「ポスト産業社会」という言葉は使われてはいませんが、急激な時代変化にすばやく対応しないと、日本の産業もデザインも時代遅れになってしまうという、ある種の切迫感が感じられます。 なお審議会の構成は、「デザイン奨励部会長」にトヨタ自動車の豊田章一郎会長が就任。部会メンバーは、「1990 年代のデザイン政策」と同様に、様々なデザイン領域の代表的デザイナー中心に構成されています。また答申を具体的にまとめていく「デザイン政策分科会」には、部会から平野拓夫さん坂下清さんが参加、デザイン系からは岩倉伸弥さん河北秀也さん島田一郎さん、都市デザインの分野から大西隆さん、住宅デザインからは小澤紀美子さん、さらに編集工学を提唱されていた松岡正剛さんなど、多彩な人材が参加しています。

2 時代はどう変わろうとしているのか

 「パラダイムシフトともいうべき枠組の変動」は、どのように認識されていたのだろうか。まず答申は「生活者」の登場を告げます。
 「我が国経済・社会が高度化するに従って、人々の意識や価値観、行動原理は変化を見せている。人々は従来にも増して、個性的な生活信条を持ち、自分のライフスタイルを自ら作り上げようとしている。我々は、こうした存在を総称して『生活者』と呼ぶこととする 」。
 違和感なく読んでしまいますが、当時の通商産業省には「消費者」という概念しかなかったようです。また産業も「消費者 = ものを消費する人」しか視野に入っていません。案の定、省内からは「生活者」いう言葉への懸念があったと聞きますが、人間活動の一側面を捉えるのではなく、産業政策としてもその全体像を認識すべき時代に来ていると反論したそうです。人々が「消費者」から「生活者」へと、ある意味で成熟したこと、つまりサプライサイドの思惑では、人々はもはや行動しなくなったことによって、 企業活動も転換期を迎えます。商品が大量に提供されながらも、ほんとうに欲しいモノがないという「一種の受給ギャップ」が生じ始めていました。こうした現象からみても、「消費者が予め求めるものとして想定した『仮想のニーズ』に基づく商品を消費者に押しつける」ような企業活動がもはや通用しなくなったことは明らかでしょう。少なくとも生活者の心情に寄り添う商品開発や企業のあり方を発想してかなければなりません。この延長には、メセナ、フィランソロピーなどの「企業市民」的な企業像も浮かびあがってきます。そして地球環境の保全や共生などといった課題も、国際的に浮上してきたのです。
 「パラダイムシフト」をめぐる答申の論旨を要約すると、生活社会の成熟によって、自らの生活を主体的に営もうとする「生活者」が社会の前面に登場してきた。さらに地球環境など、産業にとって想定外とされていた課題も登場する。急激な時代転換が起こりつつあるが、産業サイドはこの現象に追いつけていない、このままでは日本は国際的な競争力を失ってしまう、となります。では、デザインに「パラダイムシフト」が担えるのだろうか。答申は、商品差別化といった表皮的な側面ではなく、デザインの本質をより深くデザインを理解し活用することで、次世代への展望を開きうるはずだと指摘します。
 「デザインは、人間の『こころ』の問題、人間の感性や文化といった高次の精神活動と分かちがたく結びついていることから、生活者の希求するところを適切に具現化することが期待できる活動と考えられる。換言すれば、デザインは、経済と文化を高次元で統合し、具体化する役割を果たすことが可能な活動といえよう」。デザインは人間の側からモノゴトを捉え実現していく思考であるから、生活者への成熟を背景とする「パラダイムシフト」を受けとめ、新しい価値を提示していけるはず、との論旨です。

 このような認識にたって、答申は「デザイン活動の今日的意義」、つまり行政からみたデザインの効用について、「 生活価値の創造」「社会価値の実現」そして「アイデンティティの確立」という 3 つの視点を提示します。この答申には明確な指摘はありませんが、生活者の登場はむやみにモノゴトを消費する世界からの決別をも意味していました。社会や地球環境との調和を求めつつ、私なりのライフスタイルを構築したいという、ある意味ではかなり欲張った要求がそこにあったのです。一見無関係に見える生活価値、社会価値、アイデンティティも、その根底は同じです。答申は、このやや難解な課題を統合的な見地から解決に導いていくいことが「デザインの今日的意義」あると述べます。
 なお上述の「社会価値の想像」について、少し興味深い記述があります。「企業活動においても、その持てる人的、物的なデザイン資源を活用し、 社会に共通した課題の解決へ取り組むことが期待されている。かかる活動を通じ、 企業が社会価値実現に貢献していくことは、『産業文化』とも 呼ぶべき貴重な社会的資産の形成を促すことになろう」。90 年代には「 企業市民」「メセナ」といった新しい企業理念が登場します。また答申にも記載があるように、日本産業デザイン振興会では「企業文化研究会」という企業横断型のユニークな研究会を組織し、提言的なレポートを発表しています。文化的側面も含めて企業のあり方を捉え実践していくためには、デザイン的な思考を企業に根付かせていかなければならないのですが、出口の見えない不況トンネルの中では、それは残念ながら理想でしかありませんでした。ただしこの答申の指摘が無駄であったわけではありません。21 世紀も 10 年を過ぎた頃から、社会価値創造の視点から生活と企業活動を捉え直していく経営思想が登場してきます。そしてこの思考は、今日では多くの人々や経営者に支持されているようです。

3 デザインの「受給ギャップ」

 「デザイン活動の今日的意義」という命題を提示したのち、答申は「デザイン振興に取り組む上での重要な課題と今後の方向」を具体的に明確化していきます。まず「生活者」「産業」「中小企業」「地方振興」「国際交流」それぞれの領域について課題と方向性が述べられ、それを実践していくための「デザイン創造基盤の課題と今後の方向」として、「 デザイナー、デザイン業及び人材育成」に焦点をあてた政策課題が提示されます。
 国勢調査によれば、日本のデザイナー総数は 16 万人程度です。答申「90 年代のデザイン政策」でも指摘されているように、デザインへの要求の高度化により、造形に必要とされるスキルやセンスと同時に、コンセプト立案能力、デザインを実現していくコーディネート能力やプロデュース能力が求められるようになりました。さらには企業活動全体に及ぶコンサルタント業務や地域振興などへの参画も始まっています。「 デザイン活動は、経済価値の開発と社会文化価値の開発とを同時に行い、また業と業とを結ぶ業際的な活動であることから、それを担うデザイン業はこうしたユニークな性格を持った産業として活性化することが期待され 」るに至りました。
 「しかし、実際には、デザイナーがこうした総合的なデザイン能力を養う機会は十分与えられておらず、期待される高度なデザイン活動と求められるデザイナーとの間には、質的な『 需給ギャップ』が存在している。これを解消するため、人材育成の強化の方策が望まれる」。「 このため、既存教育の見直しもターゲットに入れ、デザイナーのデザインマネージメント能力の養成やリカレントを実施する人材育成スキームの確立が望まれる。 こうした人材育成スキームは、フリーランスデザイナーの地域的遍在の是正という観点からも、デザインインフラとして、各地域において確立されることが望ましい」。
 日本のデザイン行政は、デザインの利用者、つまり産業がデザインを理解し活用していけば、デザイナーの量も質も充実するという考え方に立脚していました。需要が増えれば自ずと供給も増える。これは高度成長期には正しい論理だったのでしょう。しかしモノを買う人に過ぎなかった消費者が生活者へと成熟することによって、産業の先導性も失われ、それに付随していたデザイナー、デザイン業には、二重の意味での「質的な受給ギャップ」が生じてしまいます。時代を先取りし、新しい価値を提示していくことがデザインに求められているはずですが、現在のデザインサイドはそれに対応できていない。これでは「パラダイムシフト」を乗り切れない、こうした切迫した状況を踏まえ、答申はデザインを提供する側、つまり供給サイドの振興が必要であることを強調していきます。

4 「 デザイン人材育成センター」「環太平洋交流センター」へ

 こうした分析と課題提示を踏まえ、93 年答申はデザイン政策立案にあたり、「国民生活のゆとりと豊かさの確保の視点」「 産業活性化の視点」そして「デザインを通した国際社会への貢献」 を整理します。そして「検討実施すべきデザイン政策」として、「 デザイン人材育成支援スキームの確立」と「デザインを通じた国際協力事業の拡充」なとを具体的に提言していきます。
 「 人材育成支援スキームの確立」は、この答申の眼目の一つです。 ここでは「既存のデザイン系教育機関やオン・ザ・ジョブ・トレーニングでは十分な対応が困難である」との認識にたって、パラダイムシフトを担える「デザイン人材を育成するため、新たなスキーム作りが必要」と提言します。 具体的には「デザイナーの再教育をはじめとした系統だったデザイン研修機能の確立を目的として、『 デザイン人材育成支援センター(仮称)』を設立し、時代の変化に対応した実践的学習の機会を提供すべきである」と指摘します。答申には、デザインマネージメントやコンサルティングについてのケーススタディ研修など、実践的なカリキュラムにも言及していることから、あるべき人材育成像をかなり明確に描いてていたことが伺えます。さらに「将来的には生活、社会分野でのデザインに関する研究にも取り組みながら『デザインマネージメントスクール(又はデザイン大学院大学)』といった 機能への発展を目指すことが望ましく、こうした機能の実現のためには、官民の力を合わせた努力が重要である」とも述べています。
  一方「デザインを通じた国際協力事業の拡充」は、81 年に大阪に設立された「国際デザイン交流協会」の活動強化を念頭においたもので、「 環太平洋デザイン交流センター(仮称)」を設立し、国際交流のネットワークづくり、専門家の派遣や研修生の引受などによるデザイン人材とデザイン開発力の育成などに着手すべき」と提言しています。 この答申を受けて、日本産業デザイン振興会は「デザイン人材育成セ ンター」を、国際デザイン交流協会は「アジア太平洋デザイン交流センター」を直ちに設立しています。

 なおそれぞれのセンターのその後を紹介してきますと、「アジア太平洋デザイン交流センター」は、特に東南アジア諸国との連携ネットワークを構築し、デザイン交流会議の開催、専門家派遣などによるデザイン開発支援などを継続的に実施していきました。特に ODA を活用したインドネシアにおけるデザインセンター設立支援などでは大きな成果を挙げています。 一方「デザイン人材育成センター」の活動は難航します。デザイン関係者は、 新しいデザイン概念とそれを担う人材が必要であるという認識では一致していたものの、当時は企業内デザイン組織がリストラの標的とされていただ時代でもあり、新しい人材が求められるとは公言できませんでした。また教育機関もデザイナーの量産志向から抜け出せなかったようです。こうして人材センターの活動は、実質的には5年を経ずして終了してしまいました。その後も振興会は、人材育成機能も持つ「日本デザイン事業協同組合」の設立を、また 21 世紀になってからは、「専門職大学院構想」による「 デザイン系大学院」の設立をそれぞれ支援していきますが、大きな広がりを得るには至りません。人材育成は、国家百年の計と言われているように、根本に関わる政策であり、その実践には産官学の密接な連携が求められます。小さな振興機関が独力で挑むにはあまりに大きな課題であったのかも知れません。

 93 年答申は「生活者」を前面に登場させました。
 デザイン奨励審議会は、「1970 年代のデザイン政策」の段階から、 デザインは産業と生活を結ぶ役割を果たすが故に、行政の対象をして振興を図る価値があると延べてきました。このデザイン仲介者論は、その後の答申でも継承され、「1990 年代のデザイン政策」では、「コミュニケータ ー」という概念まで登場します。そしてその 5 年後の 93 年答申では、生活者が価値創造担う時代のデザイン、つまりディマンドサイドからのデザインの登場を予測していきます。この答申の軌跡は、ある意味で日本人の生活意識の成熟過程をトレースしています。日本のデザインは、使用者の側、つまり人間の視点から物事の有り様を描いていくことにその特徴がありますが、答申という政策の根幹を語る文書が、生活と生活者を常に念頭において記述されていたことも、人に優しいを心情とする日本デザインの形成に大きく寄与したのかもしれません。
 93 年答申は、産業社会の終焉を明確にイメージしているという意味で、画期的な政策論となりました。ただしそれ故にか、当時はあまり理解されなかったように思われます。通商産業省は 1997 年に「輸出品デザイン法」の廃止と「グッドデザイン商品等選定制度」の民営化を决定しますが、これと同時にデザイン奨励審議会もその役割を閉じてしまいます。仮に「2000 年代のデザイン政策」が、 93 年答申の指摘する「パラダイムシフト」と、コンピュータと通信技術の進展が繰り広げるネットワーク社会の進展をテーマに描かれれていたなら、社会を大きく動かすデザイン政策が描かれていたのではないかと想像します。
 93 年答申の語句を実感を込めて読めるようになったのは、21 世紀も 10 年 を過ぎた頃からではないでしょうか。そのような意味で、「時代の変化に対応した新しいデザイン政策のあり方」は早すぎた答申、あるいは未完の答申と言えるのかもしれません。
文責 : 青木史郎